【シーズンオフ企画】硬式野球部卒業生特集 vol.2 杉本智大


 大舞台にも動じない強心臓。感情を全身で表す熱のこもったピッチング。大きな発言も次々飛び出す調子者な一方で、高みを目指し続けるストイックな一面も併せ持つ。ころころと変わるいくつもの顔が、杉本智大の魅力だ。
 初登板は2年時の秋季リーグ戦。3度の中継ぎを経て任された初先発にも「緊張はなかった」。それどころか「やっと出番がきたか」と語るほどの余裕を見せ、6回を4安打無失点に封じて初勝利を挙げると、その後、筑波大に大手をかけられた一戦では初完投初完封も演じてみせた。

 そんな杉本が主戦として存在感を示したのは、それから1年が経ったころ。球速重視の投球から一転、キレとコントロールを意識し始めてからだ。「やっぱり目立つのは球速のある投手。プロに行きたいという思いがあるからスピードにはこだわり続けてきた。でもそれには限界がある。横井人輝監督から『真っ直ぐはスピードだけじゃない』と言われたこともあって、打たれないという結果が大事と考えるようになった」。3年時の秋は9試合に先発し、完投8(うち4試合は無四球)、完封3で7勝1敗。首都リーグMVPなどの各賞を総なめにし、報道陣の視線も一身に集めていたが、その顔は今一つ晴れないでいた。
 「こんなことを言うと聞こえが悪いかもしれないけど……。あまり納得のいくピッチングができていない。リーグ戦序盤は四球も多かったし、真っ直ぐも思ったほど走らなくて。結果的には抑えたけど、悪いなりの投球しかできなかった。イメージした球を、もっとイメージ通りに投げられるようになりたい」。伊藤栄治前監督、横井監督共に「こんなに高いものを求めている投手は珍しい」と口をそろえる杉本のピッチング理論。どれだけ勝ち星を積み重ねても、求める姿は常に先をいく。


チームのためにできることを
 4年時の春季リーグ戦ではチームトップの5勝を挙げ、2季連続となるMVPと最優秀投手の2冠にも輝いたが、この時すでに杉本の右肩は限界を超えていた。続く全日本選手権では計12回を投げて自責11。勤続疲労による右肩痛は、ラストシーズンを前にした戦線離脱を意味していた。
 「野球の究極は個人プレー。自分のことをちゃんとやろうとする選手が集まればチームは強くなる」。自分の力でチームに勝利をもたらそうとしてきた選手だからこそ、投げられない悔しさは計り知れなかった。マウンドを離れ、ベンチを離れ、スタンドで声援を送る日々。それでも、杉本は試合を捨ててはいなかった。
 「杉本さんはピッチャーとしてのいろんな引き出しを持っている人だから、投球の組み立てについて話してくれたり、対戦相手のビデオを一緒に見て対策を考えてくれたり。よく声もかけてもらって、すごく助けてもらいました」と菅野智之が言えば、「チームのために何かしよう、自分が経験してきたことを何とか伝えようとしてくれていた」と伊志嶺翔大が続く。

 「お前はエース(18)の後ろ(19)じゃない。上(17)を行く選手になれ」という横井監督の思いを受けて、ラストイヤーを前に19から17に変えた背番号。試合を作ることはできなくても、最後までチームのために力をそそぎ続けたその姿は、エースの上をゆく選手の姿だったのかもしれない。



杉本智大(すぎもと・ともひろ)
1986年7月27日生まれ、178センチ、70キロ、右投げ右打ち
地元和歌山から関西創価高校、東海大と進み、
首都リーグMVP(07秋、08春)、最優秀投手(07秋、08春)、
関東選手権最優秀投手(07秋)を受賞。
3年時秋には大学日本代表候補合宿に参加。
卒業後はJFE東日本硬式野球部に進む予定。


編集後記~4年間、チームを追い続けた学生記者の目
 「将司、頑張れ!」
 2008年秋、引退のかかった関東選手権準決勝創価大戦。連投で球数が200球を超えてもなお黙々と投げ続ける小松崎将司に、スタンドからひと際大きな杉本の声が飛んだ。「試合序盤はふざけたりもしてたんやけど。小松崎も肩痛いとか言ってたのに、僕の分までよぉやってくれてんなと思って……ほんま、応援してました」。
 スタンドで迎えた引退に悔しさがないと言ったら嘘になる。それでも、「小松崎とは1年の時からよきライバルとして、切磋琢磨してきた。あいつのお陰で僕もここまでこれたようなもんですから。本当に感謝してます。これから先、別々になるのは寂しいっすね」。真面目な言葉をごまかすように笑った顔には、どこか充実感が漂っていた。


 初登板から約2年半。杉本は本当によくいろんな話をしてくれた選手だった。「今日は2時間で終わらせます」「序盤は軽く投げてました」と驚くような発言も次々飛び出したが、すべて有言実行。口だけじゃないところがすごいところだ。今はまだ、痛めた右肩の治療とリハビリに専念しているが、4年時のシーズン開幕前に「自分の力を出し切ればプロに行ける」と語ったその言葉を、近い将来現実のものにしてくれると信じて。再びマウンドに帰ってくる日を心待ちにしている。
(硬式野球部担当 4年 橘)





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